女性城主の数は意外に多かった
一般的に、城主というと男性の姿が浮かびますが、実は日本中に女性城主が存在していました。特に、戦国時代の混乱期には、継承者が不在となることが多く、妻や娘といった女性が城主として城を守った例が少なくありません。
おんな城主の中でも有名なのは、高松城主の加藤清正の妻・築山殿
築山殿は、豊臣秀吉による九州征伐時に、加藤清正が戦場に出向いたため、高松城を守備しました。伝えられる通りには、築山殿は「出陣する夫に代わって、自ら城を守り抜き、敵を撃退した」という逸話が残っています。
また、おんな城主は戦国時代だけの珍しいケースではなかった
近世においても、女性が城主となる場合がありました。例えば、徳川家康に仕えた大名の1つ、松江藩の藩主・水野勝成の娘・綾姫が20歳の若さで病死したため、その代わりに妹の多々良姫が城主となったケースがあります。
女性城主たちは、その時代の常識を超えた卓越したリーダーシップを発揮
当時としては珍しい女性城主たちは、その時代の常識を超えた卓越したリーダーシップを発揮しています。そのため、現代においても、彼女たちの存在は注目され続けています。
コメントを残す