江戸時代に水力を利用した車両が存在した
江戸時代には、水流を利用して動力を得る「唐行き車(からゆきぐるま)」と呼ばれる車両が存在していました。これは現在の電車のように線路を走るものではなかったものの、初期の軌道交通システムの先駆けとなっています。
明治時代に国産初の蒸気機関車が作られる
明治時代には、国産初の蒸気機関車「吉野号(よしのごう)」が作られました。これは明治政府が輸入に頼らず日本独自の鉄道事業を推し進めるために製造されたもので、当時の技術力にしてはかなり高度なものでした。
電車の発明はドイツ人技術者によるもの
日本での初の電車は、ドイツ人技術者のレオンハルト・フェルディナント・フォン・ヴィークマンが、明治30年(1897年)に東京・上野と浅草を結ぶ路線で走らせたものです。この電車は「ヴィークマン電車」と呼ばれ、当時の人々には驚きを与えたそうです。
日本の電車は「鯨号」というニックネームがあった
明治時代から大正時代にかけて、中央・磐越・南満州・山陽・九州など各所に路線が開通し、電車の運行が盛んになっていきました。中でも、東京から神戸までを結ぶ「鯨号」という愛称を持った路線が有名でした。この路線は、操作する人の指先に触れる「指先制御器」の開発や、高速運転に必要な鉄道用の特殊合金の開発など、テクノロジーの発展に大いに貢献しました。
新幹線はかつて「ブリキの怪物」と呼ばれていた
新幹線は、今では世界的な高速鉄道の代表格となっていますが、初期の頃は「ブリキの怪物」と呼ばれ、畏怖の念を与える存在として認識されていました。その理由は、新幹線を運行するにあたり、線路設備やトンネルなど、膨大な建設コストが必要であったからです。その後、日本の経済成長によって、新幹線は全国各地に広がり、現代の便利な公共交通手段として定着しました。
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