火災が発生した場所と時期
承和の変火は、日本の歴史上初めての大規模な火災として知られています。この火災は、平安時代の承和12年(944年)に、京都市の東寺(とうじ)で発生しました。
火災の原因
承和の変火の原因は、当時、東寺の大僧正(だいそうじょう)だった良順(りょうじゅん)が、急激な寒さを理由に、寺内で使用されていた暖房器具「焼香炉(しょうこうろ)」を増やしたためでした。
また、当時の東寺は、大量の木材を使用していたため、火災の拡大は免れませんでした。
被害の状況
承和の変火により、東寺内の約300棟の建物のうち、280棟が焼失しました。また、参拝者や僧侶、職人など多数の犠牲者が出たとされています。
影響
承和の変火は、当時の日本にとって、大変な打撃となりました。東寺は仏教文化の中心地であり、全国に広がる習俗、思想にも大きな影響を与えていました。このため、承和の変火が発生した当時、政府や民衆の間には、東寺の復興を強く求める声が上がりました。
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